今日はIFRS(国際会計基準)の導入が日本の企業経営に与えるインパクトについて考えてみたい。

大きな変更点として5つ挙げたが、それぞれについてコメントすることにします。

1.「経常利益」の概念(勘定科目)がなくなる。
今まで日本における損益計算書の中に、利益といわれるものは大きく分けると「売上総利益」「営業利益」「経常利益」「当期純利益」の4つがあった。その内、経常利益は、営業利益に営業外収益と営業外費用を足し合わせたものであり、要は本業の利益に金利(利息)の+-を加味したものが経常利益である。経常利益自体はけっこう重要な科目であり、会社によっては営業利益よりも経常利益を利益指標として重視する会社もけっこうある。ただIFRSにも米国会計基準にもこの経常利益という概念はない。IFRSが導入されると、営業外収益・費用は、その他営業収益・費用と金融収益・費用に分割され、本業に直接関わる部分は営業利益に加味され、残りが純利益に加味されるようになる。これによって、事業運営をする上で多額の借り入れをしている会社の営業利益は減少することになる

「経常利益」は日本にしかない利益カテゴリーだが、実はけっこう便利で、純粋な本業だけの儲けは営業利益で見て、お金の貸し借りを加味した場合の企業成績として経常利益をみることができる。合わせて、経常利益は長い歴史の中で伝統的に使われてきた指標だけあって、「経常利益」がなくなることに企業経営者にとっては心理的な抵抗感があるはずだ。

2.損益計算書の純利益の下に、「包括利益」という新しい利益概念(勘定科目)が加わる。(包括利益は、純利益に、企業が抱える資産(為替や株式、土地など)の時価評価変動分を加えたもの)
この包括利益は、今まで全くなかった利益指標なので、ある意味で会計のパラダイムシフトが起きるものだと思う。今まで利益というものは、ビジネスの結果としていくら設けたのか、損したのかを表す指標であった。しかし、この包括利益は、資産の時価の増減を加味して、その期でその会社の総資産が時価でどれくらい増えたか、減ったかを示す指標である。資産の中には、土地があり在庫があり、株式があり、ブランドもある。そして時価評価するということは、本業が極めて好調でも、株式市場が不調であれば資産時価は下がるし、海外事業を行っている会社にとっては為替変動によっても当然時価が変動する。要は操作不可能な要因をもろにうけるのだ。よって、会社によっては純利益が過去最高益だが、包括利益は赤字なんてことも発生する。

時価主義が進む中で包括利益というものがでてきたわけだが、概念としては結構面白いものだと思っている。今までは、操作可能である自社ビジネスのパフォーマンスを最大化することに経営者は集中していたわけだが、包括利益が入ることで、経営者は資産を合わせた時価資産を最大化することを気にしなければならない。言い換えると、今までバランスシートなんかほとんど気にしてこなかった社長さんは、在庫や為替や株式など資産のポートフォリオも含めてお金の使い方を考えなければいけないことになる。ちなみに、これは株主にとってはプラスである。

ちなみに日経ビジネスで、1部上場企業の2009年度決算ベースでの純利益と包括利益の比較を行っているのだが、その内容が衝撃的。日本水産の包括利益は純利益の200倍、ブリヂストンは90倍など、非常に大きな差異が生じている。また逆に近畿日本鉄道は純利益36億だったのにもかかわらず、包括利益は62億円の損失に。事業運営だけでなく、資産運営も巧みに行わないと、経営者は評価されない時代がやってくるのかもしれない。

3.「特別利益」、「特別損失」がなくなる。
経常利益に「特別利益」と「特別損失」を加味したものが、純利益だったわけですが、IFRS適用後はこの「特別利益」「特別損失」はなくなることになる。そして、事業に関わる特別利益・損失は営業利益に加味されることになる。今までは事業再編やリストラに関わる費用は特別損失として計上し、かつ保有株式などの売却で特別利益を計上することで、本業の利益である営業利益と最終的な利益である純利益を見た目上よくする決算テクニックが可能だった。けれども、IFRS後は事業に関わる部分は、営業利益の中に組み込まれる。

これにより特に影響を受けるのが、成熟・衰退期にある産業だ。例えば、卸売業、新聞、書籍、外食など。何もしなければ売上はどんどん下がっていくのでリストラを行い、ダウンサイジングをしなければいけない。一方で最終利益の帳尻も合わせる必要があるので、資産を切り売りしてなんとか益出しする。今までは上述の決算テクニックを活用することで、なんとか営業利益は黒字を確保することができていた。しかし、IFRS適用により、なんでもかんでも都合の悪いものは特別損失にということができなくなるため、営業利益ベースでははっきりと赤字になってしまうのだ。このような業界における上場企業経営者は非常に頭が痛いところだと思う。